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【アラベスク】  第12章 マジカル王子様



第3節 キューピッドの矢の行方 [7]




「こんなところでウロウロしてて、見つかってくだらない揉め事にでも巻き込まれる気か? 今ならまだ間に合う。帰れ」
 言われ、途端に甦る先ほどの恐怖。
 美鶴に会いに来たのに。
 そんな思いも一瞬過ぎったが、こんな気分で美鶴に会っても、何か話せる状態ではない。
 再び帰れと言う聡の言葉に、里奈はヨロヨロと歩き出した。そうして、数歩歩いてから振り返る。背後では、ポケットに手を入れたまま、右足に重心を乗せて少し身を傾げた聡の姿。里奈は複雑な気持ちで、だが何も言えずに再び足を動かした。
 助けて、くれたんだよね。
 里奈は美鶴に会いに来た。昨日は会えなかった。だが駅舎の場所はわかった。本当は今日もツバサに付いてきてもらいたかった。だが、申し訳ないという思いもあった。
 だって、また金本くんと鉢合わせて口論にでもなったら、大変だもん。
 昨日の二人の迫力が甦る。里奈はそばで見ているだけが精一杯だった。
 ホント、二人ともすごかったよ。
 考えれば、原因は自分のような気がする。自分に付き合ってツバサが駅舎へ行ったりしなければ、二人は言い争う事もなかった。
 また金本くんと喧嘩になっちゃったら、それこそ大変だよ。
 だが、一人で駅舎へ行って、そこで再び聡と鉢合わせをしたらどうしよう。そんな不安もあった。そうして実際、鉢合わせた。
 また怒鳴り散らされるかと思った。聡の顔を見ただけで、里奈は気を失うかと思った。
 でも違った。聡は怒鳴らなかった。それどころか、昨日はすまなかったと、頭まで下げてくれた。そうしてワケのわからない女子集団から、助けてくれた。
 信じられないという気持ちで繰り返す。
 助けてくれたんだ。
 甦るのは、肩を抱える力強い重圧。重くって、でもなぜだか恐怖とは感じられない。怖いどころか、むしろ頼もしかった。
 聡に助けてもらわなければ、どうなっていたのだろう。
 そう思うとゾッとする一方、助かったという安堵が急激に里奈を包む。
 思えば、こんな事は前にもあった。そう、美鶴に会おうと唐渓高校の近くまで行った時の事だった。
 ツバサとコウが二人で帰る姿を物陰から見ていた里奈。そんな姿を聡に見つかった。あの時も数人の女子生徒がいた。さきほどと同じように、なぜだか敵意を込めた視線を向けられた。萎縮していく里奈を彼女らの視線から救い出してくれたのが、聡だった。

「俺は別にお前を助けた覚えはない」

 礼を言う里奈に、聡は憮然と言い返した。里奈には理解できず、ワケがわからず混乱した。そんな彼女に、美鶴には会うな、お前が悪いと責めたてる相手の存在が、恐ろしかった。
 だけどさ、良く考えてみて。
 里奈は自分に言い聞かせる。
 あの時も、やっぱり結局は助けてくれたのよね。
 突風が里奈のスカートを捲り上げ、手で押さえて立ち止まる。見上げる空は白く薄んだ秋の水色。でもあの時は、まだ積乱雲が頑張っていた。
 振り返っても、もう聡の姿は見えない。肩に甦る、ズッシリと重たい大きな掌。
 あの時は、怖かった。ただ威圧感しか感じなかった。
 でも今は、少し暖かかった記憶も混じる。
 なぜだろう? 季節が変わり、寒さを感じるようになったからだろうか?
 暖かかった。頼もしかった。
 見上げると、小さくて険しい瞳とぶつかる。足を(もつ)れさせる里奈などお構いなしで大股に歩き続ける長身の異性。
 もうちょっとゆっくり歩いてよ。
 そう思った。でもよく考えてみれば、里奈に合わせていてはあの女子生徒たちから逃げる事はできなかった。

「痛いのか?」

 握られた手首に無遠慮に伸ばされた逞しい腕。添えられた指は長く、指先から受ける感触は強い。でも、痛くはなかった。
 ひょっとして、心配してくれたのだろうか?
 お前が悪いと責める聡。その剣呑な視線は怖い。だが―――

「昨日は、すまなかった」

 ぎこちなく頭を下げる聡の髪の毛が、記憶の片隅でサラリと揺れる。
 なんだろう? 胸がドキドキする。







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